【マスクマン(覆面レスラー)の誕生と進化の歴史】どのようにして覆面が生まれどのように進化してきたのか!

プロレス
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こんにちは!kamiです。

プロレス観戦しているとひと際ミステリアスなレスラーに出会うと思います。

そのレスラーは

マスクマン

または 

覆面レスラー

と呼ばれるプロレスラーです。

正体を決して明かさない、明かしてはいけない宿命を背負ったレスラーです。

ミステリアスな存在であるとともに、個性豊かな装飾のついたデザインの覆面が多く披露されファンを視覚でも楽しませてくれています。

今回は、

「マスクマン(覆面レスラー)」

についての記事です。

「マスクマン(覆面レスラー)の歴史」と「マスク(覆面)を被る理由」をプロレス観戦初心者の方にもわかりやすく解説していきます!

※本記事は「マスク」「マスクマン」と表記します。

この記事はこんな人におススメです。
  • マスクマン(覆面レスラー)の歴史を知りたい人
  • プロレスラーがマスク(覆面)を被る理由を知りたい人

マスクマンとは

プロレスにおける「マスクマン」ってどんなレスラーのことを言うのでしょうか?

マスクマンの「定義」

マスクマンの定義は一般的に

「素顔がわからないように顔の全体を覆面で覆ってプロレスの試合をするプロレスラー」

となります。

正体を隠しているレスラーがほとんどでしたが、現在は正体がわかっているマスクマンもたまに存在します。

 

マスクのデザイン

現在のマスクは、多様なデザインが存在していますよ。

形状も様々ですが、多くの装飾が使われています。

「ラメ」や「フェイクファー」「スパンコール」などを使った派手で凝った造りの覆面が増えています。

激しい戦いのなかでの自己アピールや遊び心が伝わります。

デザインを試合ごとに変えているレスラーもいます。

新日本プロレスの「BUSHI」は、毎試合違うマスク+オーバーマスクで登場しています。

対戦相手や仲間をイメージしたマスクや、季節ごとのイベント(クリスマスなど)に関係したカラーリングなど数多くのマスクを着用します。

オーバーマスクは、試合用の覆面の上に被る入場時専用の覆面のことです。

日本では「ミル・マスカラス」が使用したことから知られるようになりました。

現在は、多くのレスラーがオーバーマスクを着用して入場しています。

普段は素顔で試合をするレスラーも入場時だけパフォーマンスとしてマスクを被ることもあります。

試合以外の私生活では、シンプルなデザインのプライベート用のマスクを着用するレスラーもいます。

特徴として食事がしやすいように口元が大きく開いています。

議員に当選したレスラーが、「素顔で公務に出席する」という議会のルールに沿うために目元や口元をギリギリまで大きくして対応したことがあります。

当時かなりの議論になりましたね。

マスクの構造の歴史

ある年代からマスクのデザインが飛躍的に進化しました。

それはマスクの生地が改良され着け心地が良くなったということと、マスクが丈夫になったことです。

この進化は2人の職人の功績があったからだと言われています。

マスク職人「ロペス 」と「マルティネス」

1930年代、もともと靴職人だった「ロペス」と「マルティネス」という職人2人がもっと素晴らしい覆面を作るために技術を競い合った結果、現代のマスクの基礎となるものを製作しました。

マスクの画期的な発明

「ロペス」と「マルティネス」の2人の前職は偶然にも同じ「靴職人」でした。

首都メキシコシティに「ルチャ・リブレ」がスタートする1930年初頭から2人ともルチャドールのマスクを作り始めました。

靴職人がマスクの製作に携わったことが大きな革命に繋がりました。

そして

 

「覆面(マスク)の4分割の立体構造」が作り出されました。

これは覆面の歴史でとても大きな進化でした。

なぜなら、マスクはそれまでは「2分割」のものだったからです。

4分割の構造

土台になる皮に切り込みを入れて分離させ、頭の部分を左右二つ、顔の部分を二つにした4つのパーツをつなぎ合わせて後頭部に靴紐通しのような穴をいくつも開けました。

それをブーツのように紐で縛って顔にフィットさせるというものでした。

それまでの覆面は、生地にヤギの皮を使っていたことが多かったそうです。

これらの生地で作られた覆面は洗えないうえ、通気性が悪かったので発汗作用が期待できないという大きな弱点がありました。

構造的にも、ただ被るだけのもの、顎のところを紐で結ぶだけのものなどイマイチ頭にフィットしないものばかりでした。

靴職人であった職人が製作したことから後頭部を靴ひものように結ぶというアイディアが生まれたんですね。

この構造は80年以上経った今も世界中で同じなんです。

天才的な発明といっていいでしょう。

この2人の切磋琢磨のおかげで「覆面王国メキシコ」が築かれていきました。

 

「ロペス」と「マルティネス」は、世界的に有名なメキシコのマスカレーロ(覆面職人)なんです。

参考資料:タツミムック/ドクトルルチャ監修 国宝級 マスク研究

マスクを被ることのメリット

日本では地方で活動するプロレス団体でマスクマンが多い傾向にあります。

キャラクター設定がしやすく、あまりプロレスに興味がないお客さんにも覚えてもらいやすいというのが大きなメリットです。

また、自分の素性を隠すこともできます。

マスクによってキャラクター設定がとてもしやすいわけです。

性格的に優しいレスラー、個性を出すのが難しいレスラーがマスクによって違う人格になれるという、プロレスラーとして開花するためのきっかけにも使われます。

マスクマンの起源

そもそも「マスク」の起源ってどこなんでしょうか

マスクマンと言えば、「メキシコ」が真っ先に思い浮かびますよね。

諸説あるようです。

「起源はアメリカ説」が有力でしたが、現在は「起源はヨーロッパ説」が有力になっています。

プロレスというものの起源はヨーロッパだそうです。※諸説あります。

最初のマスクマン

1916年にアメリカ人の選手がマスクを被って試合をしたのが最初と思われていました。

しかし、19世紀の後半にフランスのパリでフランス人のレスラーがマスクを被って試合をしたという記録が残っているのが発見されたそうです。

そのレスラーの名前は、

「ザ・マスクド・レスラー」

ストレート過ぎですね。

この人が記録上の最古のマスクマンだと言われています。

フランスのサーカス団に所属して見世物的なプロレスをしていたそうです。

このころのマスクを被る意味は、今と変わらず「自分の素性を隠すためのもの」でしたが、ヒールレスラーが被っていたようです。

マスクマンはどうやって世界に広がったのか?

「マスク」はヨーロッパからアメリカへ

ヨーロッパから移民したレスラーによりプロレスがアメリカに上陸したそうです。しかし時代ははっきりしていません。

アメリカでのマスクマン1号は、1915年に誕生した「マスクト・マーベル」という選手でした。

アメリカは勧善懲悪を好む文化があるので、ベビーフェイスとヒールを差別化するにはヒールがマスクを被って観客にわかりやすくしたと思われます。

のちに、アメリカから1863年ごろにメキシコに伝わったとされています。

これが、メキシコの「ルチャ」となっていきます。

プロレスは、ヨーロッパからアメリカ、そしてメキシコに伝わって行ったのですね。

※諸説あります。

各国のマスクマンの歴史

メキシコ

マスクマンは、メキシコに多く存在しています。

メキシコだと「ルチャ・リブレ」になりますね。

ルチャの歴史をみると、昼間は他の職業で仕事をしていたレスラーが多く、夜に試合をするのに正体を隠す必要があったことが理由として大きかったと思われます。

日本

日本では、所属団体の営業方針などでマスクを被るレスラーがほとんどでした。

海外武者修行からの帰国後、マスクマンとなるレスラーもいました。

マスクマンになることがレスラー本人の意思ではなく、商業目的などのケースが多かったのでレスラー自身のレスリングスタイルへの疑問や葛藤など精神的な問題もあったようです。

もちろん、マスクを被ることによってキャラクターを変え、トップレスラーとして活躍することができたレスラーもいます。

日本独特のプロレス文化かもしれませんが、ファンのあいだではマスクマンの正体がわかっているけどもプロレス団体の公表上、あえて正体が伏せられている場合もあります。

少し前の日本マット界ではテレビアニメのキャラクターや、人気キャラクターとタイアップしたマスクマンが多かったです。

獣神サンダー・ライガーやタイガーマスク、HEATなどがいます。

獣神サンダー・ライガーが登場したときは、マスクに付いている大きな角に賛否が集まりました。

「あの角は目に刺さったりしたら大変な凶器だ」なんて言う人もいましたね。

インディープロレス団体の先駆けだった「みちのくプロレス」では、個性豊かなマスクマンが多く登場し、マスクマンだけのリーグ戦などを開催して注目を集めました。

アメリカやヨーロッパ

ヨーロッパのプロレス界では、マスクマンがあまり存在していません(言われてみればそうですね)。

アメリカでもマスクマンが少ないです。マスクより顔にペイントをするレスラーが多いようです。

日本のマスクマンの歴史

日本でのマスクマンの始まりは、国際プロレス(1960年代~)が存在した時代になります。

ここで生まれたマスクマンが日本人1号だそうです。

56年前に誕生した

その名も

「覆面太郎」

です。

これまたストーレートな名前ですね。

正体は、「ストロング小林」だそうです。

188cm

117kg

腕回り46cm

太もも周り72cm

胸囲138cm

という桁外れの体格のレスラーがマスクを被って戦う!

とても大きな反響がありました。

しかし、マスクマンでの活躍はわずか半年ほどだったそうです。

また、日本に初めてやってきたマスクマンは、メキシコの「ラウル・ロメロ」という選手でした。

あの「ロメロ・スペシャル」の開発者と呼ばれるレスラーです(※諸説あります)。

しかし、ラウル・ロメロは、これといったインパクトを残せず帰国したため、世間に知られることはなかったそうです。

メキシコでの「マスク」と「仮面」の違い

メキシコの英雄「ミル・マスカラス」は、「千の顔を持つ男」と言われるレスラーです。

彼は、「仮面貴族」と呼ばれています。

ここで大事なのは、「マスク」ではなく「仮面」というワードをを使っているということです。

メキシコには古代から伝わる「仮面文化」があるそうです。

「仮面」は祭礼などで使われる神聖なものとして大事にされていて、メキシコの王はジャガーや鷲などをモチーフとした仮面を付けて、その魂を自分に宿すことができると信じていたそうです。

マスクの歴史はアステカ文明にさかのぼります。

アステカ文明:15世紀から16世紀にかけて繫栄したメソアメリカ文明で誕生したのが国家アステカです。

アステカ王国:メキシコシティを中心に栄えました。アステカ王国は、約100年ほど栄えましたが、ヨーロッパからもたらされた感染症の天然痘が持ち込まれてしまい、それが大流行してしまい衰退しました。

歴史をみると、メキシコでは「マスク」と「仮面」はまったく違うものであり、現代メキシコでの「マスク」は、憧れや英雄を象徴する意味合いのものになるようです。

まとめ

「マスク」は、国によって被る意味合いが違います。

メキシコでは、メキシコでの「マスク」は、憧れや英雄を象徴する意味合いのものになるようです。

他の国では、ヒールレスラーが被ることが多かったため「負」や「悪」をイメージさせることが多かったです。

しかし、現在ではベビーフェイス、ヒール関係ないです。

レスラーが自分をリング上で「自分を表現するためのアイテム」です。

そのレスラーの「生きざま」を現しています。

マスクマンは、マスクマンとしての「アイデンティティ」がマスクにあると考えているので、マスクを剥がされたり傷つけられることをとても嫌います。

プロレスファンの多くは、マスクをリスペクトしています。

だから、マスクを破られる、剥ぎ取られることにファンは自分のことのように怒ります。

マスクは歴史を重ねて、被る意味合いが変わってもファンのリスペクトは変わらないと思います。

私は、マスクを被っているレスラーの国籍、名前などの正体がわからないと神秘的な印象になっていろいろ考えながら見れて楽しいです。

なにせ私はキン肉マン世代ですから(笑)

マスクマンのマスクひとつひとつにレスラーの生き様が現れていて素晴らしいと私は思います。

忘れてはいけないのが、プロレス愛のある職人が決して諦めず研究を重ねた結果、現在に繋がるマスクが出来上がったんですね。

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