こんにちは!kamikamiです。
今回は
『ジュニア8冠王座』
の思い出です。
いきなり「ジュニア8冠王座」って言われても何のことですか?
っていう話ですよね。
「ジュニア8冠王座」とは、プロレス界で1990年代後半にファンを大熱狂させた王座です。
今回は、プロレス界に歴史を刻んだジュニアヘビー級の熱い戦いの歴史を紹介します!
「ジュニア8冠王座」とは
「ジュニア8冠」の歴史は、1996年から始まります。
日本武道館で、なんと!
8つのジュニアヘビー級のシングルタイトルマッチが行われたんです!!
その大会名は
『THE SKY DIVING – J』
ジュニアヘビー級の戦いにふさわしい大会名ですよね。
この大会の全試合終了後に、獣神サンダーライガーが参加選手に呼びかけました。
「みんな自分のベルトを懸けて最強のジュニア戦士を極めようじゃないか!」
なんとも興奮する発言!!
「8つのジュニアヘビー級王座の統一!!」
といういまだかつてない提案に選手も会場も大盛り上がりです。
この提案に選手とプロレス団体が賛同して、おのおのの持つジュニアヘビー級王座のベルトを賭けて行われたトーナメント戦が開催されることとなりました。
大会名は
「J – CROWN」!!
これもまた興奮する大会名!
ここで誕生した究極の王座が、
「ジュニア8冠王座」
なんです。
大会形式はトーナメント戦で、試合に勝利すると相手のベルトを巻くことができ、勝ち進むと優勝者は全部で
「8本のベルトを巻く」
ことになるファンにはたまらない大会でした。
プロレス界を活性化させた素晴らしい大会だったことは間違いないです。
「J-CROWN」の参加選手と賭けられたベルト
この大会に参加した選手と懸けられたベルトを紹介します。
ザ・グレート・サスケ(みちのくプロレス)/IWGPジュニアヘビー級ベルト
1986年創設で、新日本プロレスが管理する王座です。
獣神サンダー・ライガーとならびジュニアヘビー級に大きな歴史と功績を残したレスラーの1人です。
場外へノータッチのトップロープ越えケブラーダ
「サスケスペシャル」
はプロレス界に大きな衝撃を与えました。
ウルティモ・ドラゴン(WAR)/インターナショナルジュニアヘビー級ベルト
1995年WARによって設立されました。
封印・復活を繰り返し、現在は天龍プロジェクト管理となっています。(2019年現在)
エル・サムライ(新日本プロレス)/WWF世界ライトヘビー級ベルト
アメリカのプロレス団体WWF、現WWEにかつて存在していた王座です。
2001年WCWクルーザー級王座がWWFクルーザー王座と改称されたため廃止されました。
静かな職人レスラーのイメージがありますが、1度スイッチが入るとエグい攻撃を繰り出すデンジャラスなレスラーでした。
覆面のデザインが初期はかなり質素でもう少し派手でもいいんじゃないかと思ってました。
それを知ってか、覆面を新デザインに変更しました。
最初見たときは「五月人形」みたいでしたが見慣れるとちょっとカッコイイと思いました。
サムライの「リバース・DDT」は危険すぎでした!
大谷晋二郎(新日本プロレス)/UWA世界ジュニアヘビー級ベルト
UWAが管理していた王座です。
1997年にメキシコのLLIが創設しました。
大谷晋二郎は、新日本プロレスのジュニア戦線で先輩レスラーを脅かすファイトでファンが多かったです。
金本浩二、高岩竜一とのトリオ「トンガリコーンズ」で、ライガーやサムライにつっかかって行く姿は爽快でした。
大谷個人の実力ももちろんありました。
顔面ウォッシュなど相手が嫌がる攻撃を得意としていました。
現在は試合中に大怪我をしてしまい療養中です。
必ずカムバックしてくれることを祈っています。
グラン浜田(みちのくプロレス)/WWA世界ジュニアライトヘビー級ベルト
グラン浜田は「小さな巨人」としてメキシコ仕込みのルチャ殺法で日本とメキシコで活躍しました。
獣神サンダー・ライガー(新日本プロレス)/英連邦ジュニアヘビー級ベルト
言わずも知れたレジェンドですね。
長い間新日本プロレスのジュニア戦士として活躍しただけではなく、アメリカなどでも活躍した素晴らしいレスラーです。
永井豪原作のアニメから誕生し「獣神ライガー」から「獣神サンダー・ライガー」へとアニメと同時進行で進化したレスラーです!
プロレスラーとしては小柄でしたが、ジュニアヘビー級のなかでもトップクラスのパワーと空中技を駆使して体格差をものともしないファイトで世界のトップレスラーとなって数々のベルトを巻き、そしてレジェンドレスラーとなりました。
「骨法」を取り入れたスタイルは新鮮でファンを惹きつけました。
得意技は、「垂直落下式ブレーン・バスター」、「ライガー・ボム」、「空中胴締め落とし」、「掌底」、「浴びせ蹴り」、「雪崩式フランケンシュタイナー」、「ロメロ・スペシャル」、「シューティングスター・プレス」などなど多くあります。
数々のオリジナル技を開発し進化し続けたレスラーです。
「シューティングスター・プレス」
はライガーが開発者です。
スペシャルマッチとして行われた橋本真也戦で、「対ヘビー級用」に開発したコスチューム「バトルライガー」も人気でした。
マスクの角をなくし、下半身だけタイツの仕様だったので鍛え上げられた鋼の肉体が初めて見れました。
また、怒りが最高潮になった時に現れる「鬼神ライガー」はファンが引くくらいの恐ろしさでした。
2020年1月4日、5日に開催された新日本プロレス東京ドーム大会で引退試合が行われました。
茂木正淑(レッスル夢ファクトリー)/NWA世界ジュニアヘビー級ベルト
NWA(National Wrestling Alliance)の本部直轄のタイトルです。
2019年現在、王者不在となっています。
茂木はインディー団体「レッスル夢ファクトリー」からの参戦でした。
始めは試合の評価が低かったですが、試合を重ねる度に成長して認められてファンを増やしていきました。
「起き上がりこぼし式ジャーマン」
が得意技でした。
ロコモーション式の技が注目されたのも茂木からだと思います。
見ていた私は、インディー団体からメジャー大会に参戦して有名になていく茂木に「夢あるわー」と思っていました。
ネグロ・カサス(EMLL)/NWA世界ウェルター級ベルト
NWA(National Wrestling Alliance)
の本部直轄のタイトルです。
メキシコのレジェンドレスラーです。
技のレパートリーが豊富でファンを楽しませてくれました。
ラ・マヒストラルが得意技でした。
全身タイツのコスチュームが印象的でした。
1990年代に活躍したジュニアヘビー級レスラー
ジュニア8冠で紹介したレスラーのほかにも多くのジュニアヘビー級のレスラーがしのぎを削って熱い戦いを繰り広げていました。
このころに活躍したジュニアヘビー級レスラーを紹介します!
ワイルド・ペガサス
パワーはジュニアヘビー級におさまらないほどでした。
ほんとパワーファイターでした。
トップロープ最上段からのパワーボムは強烈でした。
このとき「トップロープ最上段からパワーボムってできるんだ」と驚きました。
デビュー当時は「ペガサス・キッド」という覆面レスラーでした。
ケンドー・カシン
アマチュアレスリングがバックボーンのグラウンドテクニック、そしてどこからでも試合を逆転できる関節技が魅力のレスラーです。
特に「腕ひしぎ逆十字」に惚れ惚れしました。
特に会場が盛り上がるのは、コーナー最上段にいる相手に向かって駆け上がり、相手と落ちながら腕ひしぎ逆十字に引きずり込む流れはカッコいいの一言!
試合の流れ関係なく勝利のために試合を終わらせる「我が道」を持っていました。
周りがどう思おうとも気にしない試合運びは異色で面白かったです。
ブラック・タイガー
名勝負製造レスラーだと思っています。
「さすがブラック・タイガーだ!」
という試合がたくさんありました。
ディーン・マレンコ
プロレス一家で育ったエリートレスラーです。
派手ではありませんが、玄人好みのレスリングをしていました。
デイブ・フィンレー
現在、新日本プロレスで大ブレイク中の「デビッド・フィンレー」の親父さんです。
体幹がよくてテクニシャンです。
「テキサス・クローバー・ホールド」
を得意としていました。
リッキー・フジ
「FMW」から参戦していました。
ロックなファッションや雰囲気がファンを惹きつけました。
必殺技「カミカゼ」懐かしいですね。
TAKAみちのく
「みちのくプロレス」から新日本プロレスに参戦していました。
トップロープから場外への「宇宙人プランチャ」で有名になりました。
それからジュニアトップレスラーの仲間入りをしました。
スペル・デルフィン
「みちのくプロレス」所属選手で、実力もありながら関西弁を駆使した個性的な試合をするレスラーでした。
そしてコスチュームでもファンを喜ばせてくれるレスラーでした。
獣神サンダー・ライガー戦用にデザインした自身のコスチュームの半分をライガーのコスチュームにした「デルイガー」は今でもプロレスファンの記憶に残っています。
ハヤブサ
FMWのエース「ハヤブサ」と言えば、
なんといっても、
「入場時のライガーへの場外ダイブ」
ですね。
これ一発で一躍有名選手に上り詰めました。
この「技ひとつ」で有名になったレスラーはあまりいないのではないでしょうか。
もちろん実力もあったのでトップレスラーへ駆け上がりました!
優勝「ザ・グレート・サスケ」準優勝「ウルティモ・ドラゴン」
決勝戦は、
ザ・グレート・サスケVSウルティモ・ドラゴン
でした。
サスケが、場外へ飛んだ際に頭から落下し頭蓋骨を骨折してしまいますが、そのまま試合を続けるという衝撃的な内容で、最後には勝利すると言う壮絶な試合でした。
優勝
ザ・グレート・サスケ
準優勝
ウルティモ・ドラゴン
という結果となりました。
この大会の時は私は23歳くらいだったと思います。
盛大に盛り上がった大会だったと記憶しています。
大会演出も素晴らしかったです。
大会提言者の獣神サンダー・ライガーが一回戦で早々に敗退してしまうのは驚きでした。
ザ・グレート・サスケが8本のベルトを体中に巻く姿は圧巻でした。
余談ですが。。
選手入場時に各ベルトを持った水着美女「Jガール」(と呼ばれていたか忘れてしまいましたが)と入場する演出にいろんな意味の興奮をしていたことを今でも覚えています。
「8冠王座」のその後
ザ・グレート・サスケが初代8冠王座となったあと、ウルティモ・ドラゴン、そして獣神サンダー・ライガーが王座戴冠しました。
その後、獣神サンダー・ライガーがWARの安良岡裕二と「WARインタージュニア」のベルトのみを賭けて戦いました。
結果、獣神サンダー・ライガーが負けてしまい「8冠王座」から「7冠王座」となりました。
「7冠王座」になってからは、エル・サムライそして大谷晋二郎へ王座が移りました。
1997年に、残りのベルトすべてがそれぞれの管理団体に返還され、統一王座が消滅しました。
「8冠王座」まとめ
この大会ののちに、獣神サンダー・ライガーはインタビューで、
「最初はファンの反応は考えてなく、自分が気になるレスラーを呼んで試合がしたかった。後からファンが付いてきた」
と語っていました。
「自分のやりたいことをやってみる」
平凡なサラリーマンの私にはとても響く言葉でした。
でも、やりたいことを実行するためには、自分の地位を築くことが必要です。
そうしないとやりたいことを話しても説得力がありませんからね。
この時代、獣神サンダー・ライガーというジュニアヘビー級の第一線、最前線で活躍していた人が提案したことで実現できたんですね。
本当にあの大会は夢を見せてくれた素晴らしい大会でした。
獣神サンダー・ライガーに感謝です。

